杉原千畝記念館

ユダヤ人との再会

 1968年8月、イスラエル大使館から突然の電話を受けた千畝は、ヴィザを発給したユダヤ人の代表の一人、ニシュリ氏に会います。実に28年ぶりのことでした。ヴィザを受け、無事に脱出したユダヤ人たちは、戦後、恩人である千畝の行方をずっと探していたのですが、なかなか探し当てることができなかったのです。 大切にとっておいたボロボロのヴィザを手に、涙を流して再会を喜ぶニシュリ氏を前に、千畝はあらためて自分の行いが無駄ではなかったことを知り、初めてこれまでの苦労がむくわれた思いがしたのでした。
イスラエルで29年ぶりに再会したバルハフティク宗教大臣
(1969年)

スギハラヴィザで繋がる命、語り継ぐ正義

杉原千畝が発給したヴィザにより救われた人数は、数千人といわれています。しかし、彼らが救われなかったなら、その子供や孫などが生まれてきませんでした。命のヴィザで救われたユダヤ人たちの子孫たちがこう語っています。

ボブ・ブルマン
ヌタ・ブルマンとジスラ・ブルマンの息子

「いろいろな意味で杉原氏は私の人生にとって一番大切な人です。彼がいなかったら、私も家族もここにいませんでした。スギハラがいたからこそ私が生きているのです。」

ジョージ・ブルマン
ヌタとジスラ・ブルマンの息子

「世界中のすべての人が彼の話を知るように願っています。彼は真の国際人でした。そう言っても過言ではありません。」

ジェーン・ヘイマン
ステファンとマルタ・ヘイマンの娘

「私はスギハラを人間愛に満ち、正義と信念に従った人として記憶に刻みます。スギハラの話をもっと多くの人に知ってほしいです。」

ジョージ・ヘイマン
ステファンとマルタ・ ヘイマンの息子

「受けた指示とは反対の行為を正しいと判断した勇気に感謝しています。」

ブラム・レルマー
アーターとマニア・レルマーの息子

「スギハラは、自らの職業や家族を犠牲にしてまで、異なった文化や民族の見知らぬ人々を救った素晴らしいヒーローとして、記憶に留められ、讃えられるべきです。」
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